愛の行方


「ほ・の・かちゃん」
「っ!寒気するからやめて」
いきなり耳元で聞きなれない愛莉の猫撫で声が響き、背筋で虫がはい回っているような感じがして飛び上がってしまった。
「そんなに驚かなくってもいいじゃん」
グロスで光っている唇を尖らせて拗ねた顔をしていたかと思うと、突然にっこりと笑みを浮かべて穂香に擦り寄ってきた。
「穂香ちゃん一緒にF組に行かない?春美にちょっと用があるんだけど」
春美は一年の時同じクラスだった友達でよく三人でつるんでいたのだが、二年のクラス替えで穂香と愛莉は C組で彼女一人だけF組に振り分けられていた。文系と理数系に別れたのだからしょうがないが、その時は寂しくてしょうが なかったものだった。




「いいけど・・・」
そう答えたものの、穂香は思わず首を傾げてしまった。
春美に会いに行くなら、なにもそんなに甘えたように頼まなくてもついていくのに、と。
嫌な予感がするような気がしたがそんなのお構いなしで嬉々とした愛莉に引っ張られていた。








「春美ー会いに来てあげたよー」
F組になんの躊躇もなくずんずんと入っていった愛莉。
穂香は苦笑いしつつそれに続いて春香の席に近づいていった。
穂香と愛莉が春香のクラスに会いに行くときはいつでも、彼女は嬉しそうな顔をして迎えてくれる。それなのに今日は 半ばあきれたような顔で出迎えられた。
「なになに。もう見に来たの?そんなに興味ある?」
「当然!イケメン君だった?この時期ってことはなんか訳ありとか?」
愛莉は興味津々といった感じで少しだけ声を潜めてキョロキョロしている。
その様子を見て一瞬目をパチパチさせた穂香だったが、すぐに察した。
「あー!転校生?・・・・・・ぐふっ」
図星だった証拠に焦ったように穂香の口をふさぐ愛莉。それを見て春美が嫌味ではない声で笑った。
「また騙されてたんだ。穂香にぶい。愛莉の言うことは半分くらいしか信じちゃダメ」
「半分以上の割合で愛莉に騙されてる気もする・・・」
「失礼な!」
愛莉はご立腹といったわざとらしい表情を穂香と春美に見せたがすぐに引っ込めて、小声でもう一度訊いた。
「それで?転校生はどこにいるの?」
春美は苦笑しながら目と顎で転校生を指し示した。
好奇心を滲ませて目線を動かす愛莉に続いて、不自然でないように穂香も続いて春美の視線を辿った。




春美の机は教室の最も後ろに位置するが、転校生はその反対に一番前の机を割り当てられたらしい。 度々訪れるこのF組で見慣れない後ろ頭がその席に座り、二人の男子と談笑している。
その様子をチラチラ気にする女子生徒たち。 そこにはF組の女子だけでなく、愛莉と同じような思考を持っているらしい他のクラスの女子が数人混じっている。
彼女たちのキラキラした私を見て!光線が眩しい。
「ここからじゃ顔見れないじゃん」
「帰る時に前を通って見てください」
転校生は黒板の方を向いて話しているので、後ろにいる三人にはその顔が見れない。
春美の楽しんでいることが丸分かりの言葉に愛莉は頬をぷうと膨らませた。


「あっれー!やっぱ遥人(はると)だったんだな」
聞き慣れた元気な声がF組に響き渡った。
みんな一斉にその声の方を見た。愛莉は他の人たちより0.1秒くらい速く反応した。
「なんだはじめも同じ高校だったんだ」
初めて聞いた転校生の声は春のように優しい声色だった。
穂香の幼馴染である一と転校生は知り合いらしい。




愛莉はこれ幸いとばかりに一のもとへ走り寄った。
「イッチー、知り合いなの?ていうか遥人君っていうんだね。格好良い名前!」
転校生は困ったように首を傾げた。それを見て一が愛莉を紹介する。
「こいつは下山 愛莉。俺と同じクラスなんだ。待てよ、下山がいるってことは・・・おい穂香!」
転校生とお近づきになろうと突進していった愛莉を傍観者の立場で見ていた穂香は、突然名前を呼ばれて 「はい!?」と裏返った声で答えてしまった。一は何も言わずに嬉しそうに手招きをしている。


「どうしたの」
できればずっと傍観者として事の成り行きを見ていたかった。
予想通り背中にビシバシ届く痛い視線は周りの女子の嫉妬だろう。
それも頷ける気がする。
確かに目の前に座っている転校生は見目麗しき顔立ちをしている。
少し色を抜いた髪と軽く焼けた肌は良く合っていたし、目は二重でキリッとしている。アイドル歌手系の顔つきだと思った。
しかし穂香には目の前のイケメンに見覚えは無く、一の「懐かしいよな」と言う言葉に同意はできなかった。
「篠田、もしかして遥人のこと忘れた?酷いなー。よく三人で遊んだじゃん」
冗談半分、本気半分で一に責められたが全く覚えはない。
「やめろよ、はじめ。十年以上前のことだからしょうがないだろ」
一を制した転校生の言葉に穂香は違和感を持った。
穂香の知る中で一をイッチーではなくはじめと呼ぶ人は一の両親を除き一人しかいない。








「イッチーのことはじめって呼ぶのはる君くらいだよね」
「だって俺はあいつの特別だからみんなと違う呼び方するんだ」
「・・・ふうん」
「穂香は俺の特別だから、みんなと違う呼び方していいよ」
「やった!・・・じゃあね、」









「はるちゃん!?」
目の前の転校生はあの時のはるちゃんのように、困ったような嬉しいような顔で笑っていた。
「久しぶり、穂香」










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09,12/19