久しぶりに見る学校は休み前よりも少しさびれて見えて、帰ってきたような、でも新しい場所に来たような
複雑な気分だった。
「学校やだー。だるいよ」
おはようとも言わず、愛莉がいきなり声をかけてきた。いつものことなので、何も言わない。穂香は苦笑いをするだけで
何も答えないことにした。だって、何を言えばいいのかわからない。愛莉が学校に行きたくないのはきっと別れた健吾と
顔を合わせたくないという理由も含まれてるんだろう。そんな気持ちの愛莉に気のきいたことを言えるほど穂香は愛莉の
気持ちを理解することはできていなかった。
愛莉は穂香の表情を見ると慌てて言葉をつけたした。
「変な気つかわないでよね。私はもう大丈夫なんだから。いい女になって見返してやるって言ったでしょ?」
「・・・そっか」
「そうそう!」
穂香は納得できないという顔をしたが、愛莉は元気に笑った。
「それなら、いいけど」
あんまり深く考えないことにしよう。
愛莉が大丈夫だと言うんだから。あんまり心配な顔ばかりしていると自分が愛莉を傷つけてしまうような気がした。
「お前らいっつも一緒だな」
そう声をかけてきたのは安田一(やすだ はじめ)だった。いつも外で走り回っているような焼けた肌が特徴の同じクラス
の男子だ。穂香の幼馴染でもあって、三人とも仲が良い。
「イッチー!元気だった?」
愛莉がすばやく答えた。安田一はその名前の故に、はじめではなくてイッチーと呼ばれている。別に気を悪くしている
様子もなかった。
「全然元気じゃなかった。俺、寒いのダメなんだよね」
「イッチーってほんと寒いのダメだよね。夏の暑さはなんともないのにさ」
「そうなの?イッチーの弱点発見!」
愛莉とイッチーはケラケラと笑う。
「そういう篠田だって寒いのダメじゃん」
「穂香は苦手なだけでダメじゃないの」
「同じじゃんか」
愛莉がすかさず穂香をかばい、一は軽く口を尖らせた。
「下山って絶対俺の味方してくれないよな。穂香ー穂香ーって」
「だって私と穂香は永遠の愛で結ばれちゃってんだもん。ごめんねー」
勢い良く愛莉が穂香に抱きついた反動で転びそうになってしまったが、笑って抱きつき返した。愛莉が心から笑って
いる姿を見て、安心した。一の根っからの明るさが、愛莉を助けてくれたんだと思いながら。
教室に入り、しばらくの間談笑しているとホームルームが始まった。半分聞き流しながらぼんやりと窓から外を眺める。
穂香の席は一番後ろの窓側の席。冬休み前に、三年の間ずっと憧れていたこの席にやっとなることができたのだ。
ぼんやりと冬の空や、まだ雪の残る校庭を眺めていると、前の席に座っている愛莉が振り向いてくる。
「ねえ、F組に転校生いるんだって」
「この時期に?嘘でしょ」
「ほんとだって。春香が教務室で見たって言ってたもん」
「受験とか、大丈夫なの?」
「そんなの知らないよー。こうして転校してきたんだから大丈夫なんじゃないの」
「ふーん」
穂香がそっけない返事をすると、愛莉はつまらなそうに前を向いた。もっと食いついてくると思っていたのだろう。
少し申し訳ない気持ちになりながらも、机に肘をついて窓の外をまた眺めだした。
まさかこの転校生が自分の生活を変えてしまうなんて、気づきもしなかった。