愛の行方


チャイムに急がされて、穂香と愛莉は自分のクラスへ戻った。
急いで教科書を机の上にセットして、時間ピッタリに入ってきた先生の顔を見るが、穂香の頭の中は突然の懐かしい再会の おかげで授業どころではない。幼い頃の思い出が頭の中で溢れ出てくる。
授業に集中できないのは前の席の愛莉も同じらしい。
先生が黒板にチョークで重要語句を書くときを見計らい、ノートの切れ端を穂香の机に投げ込んできた。


『さっきのどういうこと!?
遥人君との関係を簡潔に述べよ。』


そう言われても。と頭を掻く。
遥人との関係は愛莉が期待しているような深いものではない。


『私とイッチーと転校生の遥人クンは幼馴染なんだ。
幼稚園が一緒で、家も三人とも近かったから仲が良かったの。
でも小学校にあがる前に遥人クンが転校したから、それっきり。』


書き終えると、穂香も先生が黒板へ向かっている隙に愛莉の背中をノックし、千切った紙切れを手渡す。愛莉は 待ってましたとばかりにその小さな紙切れを奪い取るように掻っ攫っていった。
するとすぐ、穂香に先生に見られずにミッションクリアーしたことにホッとしている間もほとんど与えず、愛莉はまた 新しい手紙を放り込んでくる。


『ただの幼馴染?
じゃあ、あのあつーく見つめ合ってた時間はなんだったの!
少しくらい連絡取り合ってたんでしょ?
ま・・・奥手の穂香がそんなことしてるわけないか。
でも遥人君は穂香のことちゃんと覚えてて、穂香もなんとか思い出せたんだし、お互い憎からず思ってるってことだよね。
もしかして。もしかして!
遥人君が穂香の王子様になってくれるかもよ!?
もちろん大好きな穂香ちゃんのために、この愛莉、一肌脱ぐから!』


椅子から滑り落ちそうになったが、なんとか踏みとどまる。
怪しい動きをした穂香を教壇に立つ先生が一瞥を投げたので、引きつる頬を上に上げて小さく笑って誤魔化すと、 先生は教科書に視線を戻した。
愛莉は穂香の"王子様を探す"という宣言と言うには大げさすぎる言葉を覚えていて、こんなこと書いてきたんだろう。
とは言っても、穂香のためと言うよりかはきっと自分が楽しむためにこんな馬鹿げた提案をしているに違いない。愛莉の 可愛らしい丸い字が、今日は恨めしく見える。
穂香は愛莉を睨みつけながらシャーペンをぎゅっと握った。


『なーんでそうなるの!
うちらはただの幼馴染で、そういう目でお互い見てないの!
久しぶりすぎる再会だったからお互いびっくりしててジーッと見ちゃったんだよ。
この話はもうこれでおしまい!
一肌脱がなくていいからね。』






この手紙を愛莉の手に乱暴に渡してから二十分。
返事が未だに来ないところを見ると、お手紙ごっこは終わったらしい。
しかし穂香には愛莉が遥人と自分におせっかいをしてこないという自信はなかった。








この時期、普段は放課後になるともう外は暗くなり始めている。
とは言っても今日は始業日で、授業もほとんどなくお昼に帰れる。
こういう日は大抵、愛莉や数人の友達と一緒に外でご飯を食べてブラブラとすることが多く、 この日もその例に漏れず、愛莉が声をかけてきた。
「お昼、外で食べよ。ほかに何人か呼んでくるから、みんなでわいわいとね」
「うん、いいよ。みんなとならファミレスとか?」
「うーん。前から行きたいと思ってたとこあるんだ。そこにしよ!私、適当に誘ってくるから先に校門で待ってて?」
「オッケー。早くしてよね」
愛莉と別れると、できるだけ冷たい風に当たりたくなくてゆっくりと歩きながら校門へ向かった。


ゆっくり歩いたのが幸いしたのか、愛莉が急いでくれたのか、校門で待っていた時間は予想していたよりも 短く、すぐに愛莉が到着した。
隣に二人の男子を引き連れて。
「な、なんで・・・?」
愛莉に掴みかかりたい気持ちを抑え、ゆっくり近づき小さく訊いた。
「だって久しぶりの再会なら、幼馴染同士でゆっくり喋りたいでしょ?」
可愛く首を傾ける仕草が怒りを煽る。
そう、愛莉が連れてきたのは一と遥人だった。
「愛莉・・・さっきの手紙読まなかったの?」
「だって今日は、幼馴染としての二人を仲良くさせたくて」
愛莉は幼馴染のところに力をこめて言う。これなら文句ないでしょ。と言うことだ。
しかし穂香からみればこれも相当なおせっかいだ。
きっと食事の最中にずっと「幼馴染としての二人を仲良くさせる」という穂香に文句を付けさせない目的に託けて、余計な 言動をし続けるに違いないのだ。




「どうしたんだよ。早く行こうぜ」
二人でゴニョゴニョやっているのを待ちきれない一が少し離れていた穂香と愛莉に声をかける。
「寒いよな、遥人」
「これくらい普通だろ。昔に比べれば雪も少ないし。な?」
自分のことを話しているとも知らないで、遥人は穂香に笑顔を向けた。
「う、うん。そうだね」
「三人で雪だるまとか作ったよな。はじめはすぐに家の中入っていったけど」
遥人は昔を懐かしんでいるのか目を細めて小さく笑う。
「三人は幼馴染なんでしょ?昔の話聞きたーい!」
愛莉は穂香から逃げるように遥人と一と歩き始める。
こうなったら行くしかないじゃないか。
穂香は仕方なく三人の後ろをトボトボと着いていった。






愛莉が連れてきてくれた店はお洒落なファミレスのような店で、学生からお昼休み中のOLさんらしき人たちも集まっている いい雰囲気の店だった。少し大人になったような、それでいてくすぐったくないような、ちょうどいい敷居の高さだ。
案内されたのは二人ずつ向かい合う形のボックス席。
愛莉の隣に腰掛けた穂香の前に座ったのは遥人だった。
それを見て愛莉がにこにこしているのがわかって少し寒気がした。
しかしトイレに立った一が戻ってきたときに遥人が席を詰めたので、すぐに穂香の正面は一になったのだが。
その瞬間、隣からチッという小さな音が聞こえた・・・のは気のせいだと思いたい。
学校を出て二十分たらずで、穂香の胃はキリキリと痛み始めていた。










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