愛の行方


相嶋亮の映画を観たすぐ次の日の昼頃、穂香に愛莉からメールが届いた。 昨日とは打って変わって暖かかったのでうとうとしていたのに、 そのメールのおかげでその雰囲気は崩れ去ってしまった。嫌な予感がする。
愛莉からメールで連絡が入る時は大抵いいことがない。愛莉は特に穂香に対してほとんど 電話で用を済ますタイプで、連絡を取る時は電話ばかりだ。メールを送ってくる時もあるが それは穂香が電話に出れなかった場合で、その前には必ず着信履歴が残っている。
しかし今日はメールしか送られてきていない。愛莉に悲惨な出来事が襲った時はいつもそうだった。 そういう時は電話越しに声を聞かれたくないらしい。
愛莉の「会って話がしたい」というメールに溜息交じりでOKの返事を返した。




愛莉は信じられないくらい荒れていた。髪の乱れなんて気にしていなかったし、マスカラは 目の周りで滲んでいた。顔色も悪い。
「・・・大丈夫?」
「別れた・・・ふられた・・・最低・・・・」
「あ、愛莉・・・」
穂香は表情を硬くした。そんなことだろうと思ってはいたものの、やはり驚いてしまった。 愛莉から聞く限りでは二人の仲は順調だと思っていたし、それに数時間前までは愛莉の 彼氏だった健悟が女の子をふれるような人だとは思わなかった。健悟は見るからに優しそう な顔つきで、態度もそうだった。気は強い方ではなくてむしろ弱い方。愛莉に引っ張られている タイプだった。そんな健悟が・・・。
「もう一緒にいれないって。疲れたって。・・・酷い理由でしょ?」
「う、うん。そうだね」
でもわかるような気もした。見た目は天使のような愛莉だが、深く付き合ってみると 小悪魔のような性格の持ち主だと気づかされる。「時々、愛莉の手の上で踊らされているような 気分になるんだ」健悟がそう言っていたのをふと思い出した。


「ふふふ」
穂香の肩がビクッと跳ね上がった。突然の愛莉の小さな笑い声は薄気味悪すぎだった。
「もういい。もっといい女になるんだから!あんな奴に私の魅力なんてわかってたまるかってね」
「・・・よかった、元気になって。それでこそ愛莉だよ」
愛莉の予想以上の回復の速さに驚きながら必死に笑顔を顔に貼り付けた。恋は女をきれいにする と昨日言っていたけど、失恋は女を強くするんだなと心の中で呟きながら。




穂香は林檎ジュースをすすりながら愛莉がテキパキと髪や化粧を整えていくのを見ていた。 また愛莉は新しい恋愛を始めるのだろうか。あっさりと終ってしまった二人の関係は やはり穂香には疑問だった。
「ねえ、愛莉。本当にもう吹っ切れたの?」
動かしていた手を止めて愛莉は困った顔をした。
「・・・それはまだ、心残りはあるけど。でも過ぎたことだし仕方ないもん」
「そう」
やはり、納得いかなかった。本当に愛莉は健悟のことを好きだったのだろうか。 本当に心の底から好きだったんだろうか。もしそうならどうしてそんなにあっさりとけじめを 付けられるんだろう。いつもの悲しみと寂しさの交じり合った感情が穂香の心に顔を出した。


「しばらくは女磨きをして、あいつをぎゃふんと言わすことにする」
まだ顔色は悪かったが、愛莉は軽く唇を弧に描きながら言った。 穂香も複雑な感情を押し込めて、愛莉に合わせて笑った。
「そうしてください。もっといい女になってください」
そんな穂香を見ると愛莉は笑みを深めるのだった。
「穂香の王子様探しにも付き合ってあげるから、頑張るんだよ」
「えー?いいよ別に」
「ほっといたら穂香って行動おこさないでしょ?他のことなら行動力あるのに こういうことには疎いからね。モテるのにもったいない」
穂香は口を尖らせた。確かに穂香は恋愛沙汰に関しては背中を押されても動き出さないし、 奥手なんだと思う。図星だということは認めるが、やっぱりできるとは思えなかった。 王子様探しをするには勇気が必要だ。未知の世界に入り込むことになるのだから。


「いいからいいから。愛莉様にまかせなさい!」
愛莉の目は今日見た中で一番キラキラと輝いていて、少し嫌な予感がした。
「愛莉の気持ちは嬉しいけど、私は私なりの方法で王子様を探すから!」
「あっそう。でも私も穂香のこと見てるからね。サボるんじゃないよ」
上手く乗せられてしまったような気がした。でも、本当にこの機会に王子様探しを始めて もいいかもしれないと思い始めていた。
もしも王子様が見つからなくても、まだその"時"ではなかったというだけ。行動しないで 後悔するよりは、見つけられなくても行動した方がマシかもしれない。


「明日から新学期だし、頑張ってみるよ」
愛莉に聞こえるか聞こえないかの小さな声で宣言してみた。愛莉はちゃんと聞こえていた のだろう。満足そうな満面の笑みを返してきた。










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